働き方、考え方

正しいにこだわると間違いが生まれる

こんにちは。

じいちろーです。

 

人って正しいことをやりたくなりますよね。

清く正しく行きたいという欲求があるのですが、正しく生きるのって難しいと思うのです。

正しいことにこだわってしまうと生きにくくなっていくとおもうのです。

正しいことよりも、自分のやりたいことかどうかを先に考えるのが大切だと思うのです。

 

正しいがあると間違いがうまれる

正しいことってあるように感じますが、実は本当に正しいことって無いです。

基本的に何をやってもいいのですが、なぜか世の中には正しいことってあるように思われています。

法律できまっていることもあれば、マナーレベルのこともあります。

人に迷惑をかけてはいけないとか、人を不機嫌にさせてはいけませんとか。

いろんな禁止事項ってあるわけですね。

もちろん社会で生きる上では、最低限の必要なことはあるとおもいますが、それでも正しいっ思われていることが多すぎるような気がします。

一生懸命働くべき、誰かに貢献すべきとか。

「べき」が多いという感じですね。

ただ、こういう「べき」や正しいことをたくさんつくると、間違いという概念が生まれてきます。

正しいがあるから、間違いがうまれてくるわけです。

そうするとすごく生きづらくなってきます。

「べき」が多い分、間違いも増えていくわけなので、行動できる範囲が異常に狭まってくるのです。

自分がやりたいと思っていることが、この「べき」の外にあることだと、行動できなくなってしまったりします。

だから、間違いを減らすためにも、「べき」を減らしたほうがいいと思うのです。

 

人をジャッジしてしまう

正しいことがあると、人を真っ直ぐにみることができなくなってしまいます。

自分の中で基準があったりすると、その基準外の人がいると、その人を受け入れられなくなります。

そうするとその人のいいところや、本質をみることができなくなります。

自分と合わないなで終わってしまうので、目の前の人の可能性が見えなくなってしまいます。

人を変にジャッジしてしまうので、自分の中にある正しさは少ない方が生きやすくなると思います。

 

清濁併せのむ

人は正しいだけでは生きられないのです。

魚もきれいすぎる水では住めないといいます。

人も同じようにきれいすぎる環境では生きられないものです。

キレイなだけの人ってのは、世の中に存在しませんからね。

キレイな一面もあれば、汚い・見たくない一面もあるのが人間だと思います。

だから、キレイな面だけを期待すると失敗したり、失望したりしてしまいます。

それは人に対してだけでなく、自分に対しても同じだと思います。

自分が自分に対してもキレイな一面だけを期待するというのは難しいことです。

自分だって汚い一面を持っているということを受け入れるといいなと思うのです。

より生きやすくなるためにも、汚いことや間違っていることを受け入れるのも必要ですね。

 

正しさって大切だとおもうのですが、同時に諸刃の剣でもあります。

人を傷つける可能性があるし、自分を傷つける可能性もあります。

変に正しさを持つのではなく、もっと緩っと人を許せる価値観を持てると最高だなと思います。